日本の紅茶の歴史について|紅茶の日にはイベントも開催される

2000年代に大きな流行となった紅茶。

日本には緑茶(日本茶)という愛される飲み物があります。しかし紅茶は緑茶に割って入るようにして日本でも着々と人気を高めています。

世界の紅茶の歴史

紅茶といば連想されるのは「ヨーロッパ」という方が多いでしょう。

しかし紅茶の歴史が始まったのは中国です。原種は中国の雲南省からチベット、ミャンマーにかけての山岳地帯に自生していたとされています。緑茶と同じですね。

お茶は、中国において不老長寿の霊薬として珍重していました。お茶という文化が始まった際に薬として高貴な人々が飲用し、飲み物として一般化したのは6世紀以降となります。緑茶も紅茶も起源は同じということですね。

→緑茶の歴史について

私たちのイメージとして根深いヨーロッパに”茶”がもたらされたのは17世紀になってからです。海上貿易が活発だったオランダによって、中国から伝えられました。それが18世紀のイギリス貴族社会で次第に人気を高めていきました。

ただし、この当時のお茶は緑茶でした。

実は緑茶から紅茶となった経緯については諸説あります。中国のウーロン茶系のお茶がヨーロッパ人の人気を呼び、製造業者が買い手の嗜好に合わせてその発酵を進めているうちに、紅茶が誕生したという説が最も有名です。ヨーロッパで流行するように味を変え、それが現在の紅茶になったというわけですね。

ヨーロッパで大流行

中国からヨーロッパに持ち込み大流行となりますが、ここにはひとつの物語があります。

1600年代のイギリスでは、お茶に関しての知識はあまりなく”万病に効く東洋の薬”として広まっていました。

転機となったのは、チャールズ2世のもとに嫁いできたポルトガルの王女キャサリン妃です。中国の茶を宮廷に持参し、そこに”ティータイム”の習慣をもたらしました。その当時は貴重とされていたお茶に、同じく貴重な砂糖を入れて毎日飲むという贅沢な暮らしでした。

この贅沢な習慣はイギリスの貴族社会に広まりました。

現在のように商品として「紅茶」という名前で売られたのはイギリス貴族の社交場となっていたコーヒーハウスです。そこから一般の大衆の間にも広がっていきました。

19世紀に入ってからはイギリスが植民地のインドやスリランカでお茶の栽培に成功すると、19世紀末迄には中国紅茶をすっかり凌駕するようになりました。この紅茶をセイロン茶と呼びます。

日本で広がる紅茶

日本が初めて紅茶を輸入したのは明治20年です。

輸入はイギリスから行われました。

この背景にあるのは「欧米文化の憧れ」でした。当時の日本は欧米諸国に強いあこがれを抱き、どうにかヨーロッパに近づこうとしてイギリスから紅茶を輸入しました。

当時の日本では高級品であり、一部の上流階級でのみ飲まれました。

その後に一般家庭で広がっていき、1983年には紅茶の日が制定されました。

この理由についてですが、大黒屋光太夫という人物がロシアに滞在していたことが理由です。大黒屋光太夫は帰国の許可が出ずにロシアにいたのですが、その際にロシアの上流社会に普及しつつあったお茶会に招かれました。

大黒屋光太夫が日本人として初めて外国での正式の茶会で紅茶をいただいた最初の人として、この日が定められました。

紅茶の日には日本紅茶協会がイベントを開催することがあり、2015年にはセミナーが開かれました。今後も何かしらのイベントがあるでしょう。また、日本紅茶協会以外でもこの日に便乗したイベントが予想できますね。

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